沿革

1964年~1981年

出光石油化学 樹脂加工製品の販売

出光ユニテックのあゆみ
1964 9 出光石油化学(株)設立(以下、出光石化という)
1965 7 米国企業よりプラスチックネット技術導入…樹脂加工技術導入・樹脂加工製品販売開始
1966 12 千代田加工紙(株)厚木工場(のちの光化学工業(株))にインフレーションフィルム製造装置導入
1 溝ノ口加工試験所開所/神奈川県川崎市
1967 6 溝ノ口加工試験所にT-ダイキャストフィルム製造装置を設置(共押出多層キャストフィルム「ユニラックス」の開発開始)
1968 9 「第2回東京国際包装展TOKYO PACK」に出展
1970 8 溝ノ口加工試験所閉鎖
9 商品開発研究所(以下、商品研という)開所/千葉県袖ケ浦市(現:商品開発センター)
1971 6 「海苔みす」販売開始(1984年事業譲渡)
8 「灯油缶」(物流資材)販売開始
8 「プラスチックコンテナ」(物流資材)販売開始
1972 3 出光興産(株)の直営スタンドで石油化学製品を販売開始
1973 10 【第一次オイルショック】~1974年8月
1974 4 HDPE薄肉高強度フィルム(UFフィルム)の開発開始
8 光化学工業(株)へ資本参加
1975 8 商品研に高速インフレーションフィルム機を設置(UFフィルムの開発を加速)
1976 - プラスチックレジ袋(一般包材、UFフィルム)販売開始
1977 12 国内企業と共同で共押出多層PSシートの開発開始(1984年提携解消)のちに共押出多層シート「マルチレイ」の開発へ移行
1978 1 商品研に共押出多層インフレーションフィルム装置を設置(「ユニマーブ」現:「ユニクレスト」の開発開始)
10 【第二次オイルショック】~1982年4月
11 EVOH樹脂を用いたガスバリア共押出多層シート「マルチレイ」PBPグレードの開発開始
12 チューブラー法によるOPSシートの開発開始
1979 2 共押出多層シート「マルチレイ」PNPグレード販売開始
- 共押出多層インフレーションフィルム「ユニマーブ」販売開始
4 出光興産(株)の販売店を活用した石油化学製品の全国販売展開開始
8 太洋化成(株)に資本参加
1980 10 共押出多層シート「マルチレイ」PBPグレード販売開始
1981 4 高透明PPシート「ピュアレイ」の開発開始
10 ジッパー袋の市場および技術調査本格開始(ジッパーテープ「プラロック」の開発開始)

1982年~1999年

出光石油化学 樹脂加工製品メーカーへ

出光ユニテックのあゆみ
1982 4 出光石化本社に製品販売部を新設(樹脂加工製品部門の独立)
1983 4 「ユニマーブ」SUXフィルム技術を英国企業へライセンス
12 青柳実験工場竣工/千葉県市原市、「マルチレイ」1号機設置・稼働開始
1984 1 プラスチック包装資材の製造会社としてユニ化工株式会社設立
4 OPSシートの開発を基に、チューブラー二軸延伸ナイロンフィルム「ユニロン」の開発開始
6 青柳実験工場に「ユニラックス™」1号機を設置し、単体(パン・麺・もやし)包装用グレード生産開始
7 「出光パッケージングニュース」を発行
1985 1 商品研内に「包材研究室」開設
1986 2 商品研を廃止し、「包材研究室」は樹脂加工製品事業の研究室として独立
3 兵庫工場建設開始/兵庫県姫路市(1987年5月竣工)
5 千葉工場建設開始/千葉県山武郡(1987年6月竣工)
8 無機質充填多層シート「オパレイ」販売開始
9 国内委託加工先にてジッパーテープ「プラロック」生産開始
9 「ピュアレイ™」技術を西独企業にライセンス
10 「TOKYO PACK1986」に出展 「マジックトップ」展示 (以降2012年まで連続出展)
10 千葉工場にて「ユニラックス™」2号機稼働開始
1987 1 兵庫工場にて「マルチレイ™」1、2号機、「ピュアレイ™」製造装置稼働開始
1 千葉工場に「ユニラックス™」1号機移設・稼働開始
1 兵庫工場内に「包材研究室」を移転
4 光化学工業(株)・千葉工場にて共押出多層インフレフィルム装置稼働開始
1988 4 兵庫工場にて「ユニロン」1号機設置・稼働開始
5 千葉工場にて、PPスパンボンド不織布「ストラテック」1号機稼働開始
9 「マジックトップ™」技術を米国企業へライセンス
1989 3 「マジックトップ™」技術を豪州企業へライセンス
10 「マジックトップ™」技術を西独企業へライセンス
1990 3 兵庫工場にて「マルチレイ™」増設・稼働開始
7 兵庫工場内に「産業資材研究室」設置(不織布のグレード開発等)
10 千葉工場にて「ユニラックス™」増設・稼働開始
1991 1 プラロック(株)設立/静岡県裾野市
3 【バブル崩壊】~1993年10月
9 「メディペール™」(物流資材、医療廃棄物収納容器)、グッドデザイン部門賞受賞
1992 11 直線カット性チューブラー同時二軸延伸法ナイロンフィルム「ユニアスロン™」販売開始
1993 4 ジッパー(チャック)付フトン圧縮袋(ラミネート製品)販売開始
1994 5 国内委託加工先にてベルトプロセスによる折箱用高透明PPシート「スーパーピュアレイ™」生産開始
1995 1 【阪神淡路大震災発生】
3 兵庫工場内に、製品研究所を設置(包材研究室と産業資材研究室の2室体制)
4 出光プラスチック(株)設立(一般包材、物流資材、ラミネート製品他分離)
5 第1回出光パッケージング会開催
1997 3 ベルトプロセス技術を独企業へライセンス
1998 3 製品研究所を出光興産(株)中央研究所(現・次世代技術研究所)/千葉県袖ケ浦市の敷地内へ移転
3 「プラロック™」高密封技術を米国企業へライセンス
4 兵庫工場にて軟質ポリオレフィンシート「ピュアソフティ™」生産開始
4 千葉工場にて複合不織布「ストラマイティ™」生産開始
1999 3 「ユニアスロン™」技術を国内企業へライセンス(2013年満了)
11 リサイクル・リユース可能なインキ容器「RS缶」販売開始
12 兵庫工場、ISO9001認証取得

2000年~2020年

出光ユニテック 経営基盤強化と更なる発展へ

出光ユニテックのあゆみ
2000 4 出光ユニテック株式会社設立
9 複合不織布技術を韓国企業へライセンス
11 千葉工場、ISO9001認証取得
2001 4 兵庫工場にて熱成型用高透明シート「ピュアサーモ™」生産開始
5 「ベルトプロセス」技術が「第11回青木固技術賞」受賞
8 「プラロック™」技術を国内企業へライセンス。中国内での委託製造を決定(2017年ライセンス解消)
12 「マジックトップ™」技術を米国企業へライセンス
2003 2 中国現法での「ユニロン™」製造を目的とし、国内企業と合弁会社設立(2005年稼働開始、2010年合弁解消・撤退)
3 太洋化成(株)の熱成形事業を国内企業へ譲渡
2004 5 「マジックトップ™」技術を韓国企業へライセンス
8 【出光興産(株)と出光石化合併】
9 「ピュアソフティ™」事業を国内企業へ譲渡
10 光化学工業(株)を統合。千葉工場製造三課とした
10 国内委託加工先に高速容器成型装置設置。稼働開始
11 本社、支店、商品開発センター、千葉工場(製造三課)ISO9001認証取得
2005 8 「スーパーピュアレイ™」技術を国内企業へライセンス。西日本拠点化(2014年解消)
2006 6 出光プラスチック(株)を統合
8 本社、支店、工場、商品開発センター、ISO14001認証取得
2007 3 増資を決定(資本金を3億円から、16億円に)
4 機能部材工場(現:三重工場)を太洋化成敷地内に設置
5 国内企業2社と合弁でPSシート販売会社設立
7 機能部材工場に液晶拡散板シート「ユニプラス」製造装置を設置
10 「マジックトップ」技術を国内企業へライセンス
12 太洋化成(株)のPSシート生産事業を国内企業へ譲渡
2008 3 機能部材工場(現:三重工場)、ISO9001認証取得
4 独「interpack」初出展
9 【リーマンショック】
2009 3 太洋化成(株)を統合
3 増資を決定(資本金を16億円から、26億円に)
6 千葉工場にてプロテクトフィルム「ユニタックレイ」製造設備を設置
11 プラロック(株)を統合、静岡工場とする
2011 3 【東日本大震災発生】
5 「ベルトプロセス」技術が「The2011 James L. White Innovation Award」受賞
12 (株)興人(現:興人フィルム&ケミカルズ(株))とチューブラー二軸延伸ナイロンフィルム製造会社「K&Iフィルム(株)」設立
2012 6 タイ国「ProPak Asia」初出展
10 「ユニプラス」事業から撤退。「機能部材工場」を「三重工場」に変更。「プラロック™」生産開始
11 米国「PACK EXPO」初出展
2013 1 タイ国にPlaloc Asia (Thailand)Co.,Ltd.を設立(以下、PATという)
3 自動二輪車向けに加飾シート販売開始
6 K&Iフィルム(株)1号機稼働開始
12 PATにて「プラロック」生産開始
2014 5 Walmart Sam's Club International Packaging Exposition出展
2015 3 「ユニタックレイ」事業から撤退
4 PATバンコク営業事務所開設
2016 3 「一般包材」「物流資材」事業を出光グループ企業に譲渡。「不織布」事業から撤退。
3 米国軟包装協会(FPA)協賛の第60 回軟包装大賞で「ユニアスロン」を使用したパッケージが最高賞を受賞
6 米国「GLOBAL POUCH FORUM」参加(以降毎回参加)
12 静岡工場を閉鎖。三重工場へ統合
2017 1 「3次元表面加飾技術展2017」に初出展。加飾シート展示
3 中長期経営ビジョン「ビジョン2026」策定
12 PATにてISO9001:2015認証取得
2018 10 北米MR拠点をIdemitsu Chemicals U.S.A.Corporation(ミシガン州)に設置
10 「TOKYO PACK2018」出展(2012出展以来)
2019 1 クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス(CLOMA)加入
1 「第11回オートモーティブワールド2019/第9回クルマの軽量化 技術展」出光興産ブースに「加飾シート」を出展
2 米国包装技術協会(PMMI)加入
2 国内委託加工先に成形容器自動欠点検査ライン導入開始
3 米国軟包装協会(FPA)協賛の第63 回軟包装大賞で「プラロック」(ポケットジップ)を使ったパッケージが最高賞と銀賞を受賞
3 健康企業宣言東京推進協議会より健康優良企業「金」の認定
3 東京都より「スポーツエールカンパニー」の認定
4 【出光興産と昭和シェル石油が経営統合】
2020 1 【新型コロナウイルスCOVID-19 国内感染者確認】
4 設立20周年

出光石油化学(株)設立

出光ユニテックの母体である出光石油化学(以下、出光石化という)は、出光興産の子会社として1964年9月に設立された。日本の石油化学産業は、1955年に先行する国内企業2社がポリエチレンの国産化に成功したことから始まり、1958年以降、国内企業各社のエチレンプラントが相次いで操業を開始した。
出光興産では1957年、山口県・徳山市(現:周南市)に当時日本最大規模の製油所「徳山製油所」を竣工したが、同時に徳山地区において石油精製時に発生するガスやナフサといった副産物を原料として活用するエチレンプラントを設け、石油精製と石油化学プラントが一体となった石油化学コンビナートを形成する計画が進められた。
1964年、出光興産はエチレンセンターとなる「徳山工場」を建設するとともに、石油化学部門を分離独立させ、出光石化を発足させた。

石油化学設立

樹脂加工技術導入・樹脂加工製品販売開始

出光石化では、エチレンの生産に合わせて、PE(ポリエチレン)樹脂、PS(ポリスチレン)樹脂などの生産の検討を開始した。(1966年PE、1968年PS販売開始)樹脂の生産・販売に先立ち、その販路を獲得・拡大するために、樹脂加工技術が進んでいた欧米の最新技術を導入し、それを国内加工メーカーに提供するとともに、樹脂加工製品の製造を委託し、出光石化自らが樹脂加工製品のマーケットを開拓し、販売を行った。
欧米からの樹脂加工技術導入に関しては、1970年代後半まで行われ、プラスチックネット製造技術、プラスチックチューブ製造技術、中空成形技術、異形押出成形技術、クロスラムフィルム技術など多岐にわたり、これらの技術を基に「ユニネット」「ユニチューブ」「ユニボール」などの製品化を行った。

樹脂加工技術導入

溝ノ口加工試験所

出光石化は、欧米から導入する加工技術の評価、国産化への対応、導入技術の供与先への技術指導を目的に、溝ノ口加工試験所を設置した。 開所時は、ネット製造装置とインフレーションフィルム成形機の2つの装置であったが、その後、射出成形機、中空成形機、T-ダイキャストフィルム製造装置、Tダイシート製造装置、真空成形機と設備を充実していった。これらの装置を用いて食品包装用フィルム「ユニラックス」の原型となるキャストフィルムや、シート、チューブ、ボール、ネットなど多様な樹脂製品の加工技術を蓄積していった。

溝口加工試験所

商品開発研究所

取り扱う加工技術が増えるとともに手狭になった溝ノ口加工試験所を移転し、出光興産中央研究所(現:次世代技術研究所)の敷地内に商品開発研究所(以下、商品研という)を開設した。
導入技術の検証と加工メーカーへの技術供与といった“教育センター”的役割を担っていた溝ノ口加工試験所から、新たに誕生した商品研は“石油化学の総合研究所”の色彩を強め、独自の発想とアイデアによる技術開発に着手していった。
「海苔みす」などの農業・漁業用資材の開発から、レジ・ゴミ袋などに用いる高速インフレーション成形技術、CD(コンパクトディスク)の開発まで幅広く技術開発が行われ、当社の基盤商品である「ユニラックス」「マルチレイ」などの加工技術開発が行われた。

商品開発研究所

「海苔みす」

溝ノ口加工試験所からの継続テーマだった「海苔みす」の製造・販売を開始した。「海苔みす」は板海苔に加工する際に使用する竹製すだれをプラスチックに置き換えた製品で、商品研での試作終了後、光化学工業に製造を委託して、1975年には年間1,000万枚を販売したヒット製品となった。

のりみす

HDPE薄肉高強度フィルム(UFフィルム)の開発開始

1973年に起きた第一次オイルショックによって、石油化学産業の状況は一変する。原料であるナフサ価格の高騰によって原料不足と製造コストの上昇を余儀なくされ、需要が減退するとともにプラント稼働率も低下、収益が圧迫されていった。
このため商品研では、汎用樹脂の特徴を最大限に発揮する用途開発、使用方法の研究が重点的に行われた。フィルム製品・シート製品を中心に独自技術の研究を本格化するとともに、レジ袋、ゴミ袋で使用されるHDPE(高密度ポリエチレン)薄肉高強度フィルムの開発を開始した。また1975年には高速インフレーションフィルム製造機(IPC50)を導入し、インフレーション成形技術の基礎研究を開始した。

UFパック

プラスチックレジ袋

生活のあらゆる場面にプラスチックが目に付くようになったのは1970年代後半で、HDPE(高密度ポリエチレン)製のレジ袋が初めて登場したのは1976年。ペットボトルが日本で実用化されたのは1977年で、醤油容器として開発されたものが製品第1号。現在広く使用されている飲料容器としてペットボトルの使用が認可されたのは1982年であった。

プラスチックレジ袋

「ユニクレスト」の開発

1960年代~1970年代にかけて、石油化学各社は樹脂販売拡大のためインフレーションフィルムメーカーなどの樹脂加工メーカーとの連携に力をいれていた。出光石化も、1974年の光化学工業への資本参加をはじめとして、インフレーションフィルムメーカー各社との連携を深めて いった。その連携強化策の一環として、商品研では、単層フィルムでは実現しえない機能を有するフィルムとして、異なる樹脂グレードからなる多層フィルムの開発が開始された。
1978年、商品研に多層インフレーションフィルム装置が導入され、SU、SWS、SUXといった名称を 持つ軽包装から重量物の包装に適する各種フィルムの開発が行われた。
後のグラスウールや感光紙などの包装用フィルム「ユニマーブ」や食品包装用ラミネート原反フィルム「ユニクレスト」である。
また確立されたフィルム製造技術は、国内のみならず、英国企業にもライセンスされた。

共押出多層技術(インフレーションフィルム)

「マルチレイ」の開発

「マルチレイ」の基本技術は、仏企業から技術導入されたフィードブロックに関する技術であった。導入した技術はPSやPPの色違いシートを製造する程度の簡単なもので、EVOHなどのガスバリア樹脂を含む複雑な層構成のシートが製造できるものではなかった。このため国内企業と 共同で、ガスバリア層を含む多層シートに適したフィードブロックを設計し、ガスバリアシートを製品化した。1980年から共同開発先である国内企業に商用生産機を設置し、本格的な市場導入を開始した。
後に、このガスバリアシート技術はライセンス元である仏企業へも開示された。

マルチレイ生産機

OPSシートの開発

PS(ポリスチレン)樹脂の拡販と樹脂加工製品販売の領域拡大のため、商品研で熱成形容器用シートである二軸延伸PSシート「OPSシート」の開発を開始した。
その成形方法に横型チューブラー二軸延伸技術を採用したが、生産が安定せず1983年に開発を中断した。
その後、この研究成果を生かすために各種樹脂への応用が検討され、Ny6樹脂を用いた現在の「ユニロン」「ユニアスロン」製造技術の原点となった。

「ピュアレイ」の開発

従来のPPシートは、ダイスから押出された溶融シートを冷却ロールで冷却するのが一般的で、PSシートやPVCシートに比べて透明性に劣っていた。「ピュアレイ」は、溶融シートを水によって直接、冷却・固化させることを特徴とするPPシートで、冷却・固化の後、加熱ロールで 熱処理されることにより、ロールによる冷却では得られない透明性と表面光沢を有するPPシートとして開発された。
この技術は西独にライセンスされ、当時欧州で問題となっていたPVCシートに代わる医薬品PTP(Push Through Pack)用包装資材として広く使用された。

PTP医薬品単体包装

「プラロック」の開発

1979年からジッパー(チャック)袋の企画に着手し、ジッパー付ラミネート袋の市場に参入することを決定、異形押出成形技術開発と、ジッパーテープの委託加工先、それをラミネートフィルムに熱融着させることができる製袋機メーカー、実際に製品化するコンバーターなど、各分野のパートナー作りを開始した。
当時のジッパー付ラミネート袋の市場は限られており、ジッパーの国際的特許を有していた国内企業が製造するか、コンバーターで印刷・ラミネートした原反を前述の企業に送り、製品として買い戻すものが大部分であり、一般的にジッパーテープの外販は行われていなかった。
5年間の開発期間を経て、1986年に国内委託加工先にて「プラロック」の生産を開始した。
製袋機メーカーに開発を依頼したジッパーテープ融着装置を、コンバーターに紹介しながらジッパーテープの市場を開拓していった。

プラロック

樹脂加工製品部門の独立

樹脂加工製品に関する知識とノウハウを蓄積していく中で、出光石化は、販売部を樹脂販売部と製品販売部に改組し、文字どおり、樹脂そのものを販売する事業と樹脂加工製品を販売する事業を明確にした。
この改組は、従来の樹脂販売の販路拡大のため樹脂加工製品販売から、樹脂加工製品そのものを出光石化の一つの事業の柱とするものであった。
押出加工技術と食品包装材市場に特化し、将来、自社工場で製造する主力製品を「マルチレイ」と「ユニラックス」に絞り、この2つの製品の製造拠点となる自社工場の建設とグレード開発に向けて、プロジェクトが発足した。

フィルム事業

ユニ化工株式会社設立

樹脂加工製品の自社生産を実現するために、千葉県市原市青柳にある倉庫を借用し、ここを工場に改造、1983年12月に工場が完成した。その翌月、この工場を出光石化100%出資のプラスチック包装資材の製造会社「ユニ化工株式会社」とした。この工場は「青柳実験工場」と称し、「マルチレイ」「ユニラックス」の製造装置各1台が設置された。これにより、出光石化からの出向によってユニ化工での樹脂加工製品製造がスタートした。
すでに数年の生産実績がある「マルチレイ」1号機はユニ化工設立直後から稼働を開始し、「ユニラックス」1号機は4月末に設備を設置し、6月から稼働を開始した。

ユニラックス製造装置

「ユニロン」「ユニアスロン」の開発

1983年に開発を中断したOPSシートの研究成果を生かすために各種樹脂への応用が検討され、Ny6樹脂を用いたチューブラー同時二軸延伸ナイロンフィルム「ユニロン」の開発を決定した。
チューブラー成形法の特長である縦横の延伸バランスと強靭性を備えた「ユニロン」は、出光石化以外の樹脂を使った初めての製品でもあった。
その後、「ユニロン」の製造技術をベースに特殊Ny樹脂をNy6にブレンドした直線カット性を持つ「ユニアスロン」(1992年販売開始)を開発。この技術は国内企業にもライセンスされた。
また2000年代後半に入ると、「ユニロン」の優れた成形性が注目され、食品包装以外のLiB(リチウムイオンバッテリー)など産業用途の需要が開拓された。

ユニロン

「出光パッケージングニュース」

樹脂加工製品の自社生産化にあたり、宣伝・広報活動にも力を注いだ。その1つが1984年~2002年まで年間2~4回発行された、無料の情報誌『出光パッケージングニュース』の発行である。包装関連技術で最先端を走っていた欧州からのレポートを中心に、新しいパッケージの開発動向や独における包装廃棄物の規制問題などを扱ったこの情報誌は、数多くのユーザーの間で好評を博し、出光石化全体のブランドイメージの向上にもつながった。

パッケージングニュース

兵庫・千葉工場の建設

「マルチレイ」「ユニラックス」の生産はその後順調に進み、ユニ化工設立翌年の1985年春に青柳実験工場はフル稼働状態になり、設備の増設が必要となった。また、「マルチレイ」「ユニラックス」に続く第3の製品として、1981年から開発に着手していた水冷法による高透明PPシート「ピュアレイ」の製造も開始することになった。
このため、生産設備の新増設に欠かせない新たな工場の建設が急がれることとなった。
「ユニ化工兵庫工場」(写真左)は、出光興産兵庫製油所の土地の有効活用と電力・蒸気等のユーティリティが活用できるメリットから、同製油所の隣接地に建設し、「マルチレイ」2系列と「ピュアレイ」製造装置を設置することとした。
「ユニ化工千葉工場」(写真右)は、出光石化が資本参加していた光化学工業の建設中であった同社の千葉工場に同居する形で建設し、「ユニラックス」の製造装置を設置することになった。1986年10月には、「ユニラックス」と光化学工業で生産を開始した「ユニマーブ」の一部の操業を開始した。

  • 兵庫工場
  • 千葉工場

「TOKYO PACK1986」に出展

当時東京・晴海の国際展示場で2年に1度開催されていた国際包装展「東京パック」に本格的に出展した。20コマのブースに、「マルチレイ」「ユニラックス」のほか「マジックトップ」「ユニマーブ」「オパレイ」(無機質配合多層シート)「リブレイ」(耐熱性PETシート)といったオリジナル商品を所狭しと展示し、会場での商談などを通じて新しいお客様との取引につなげた。以降、2012年まで連続で出展した後、2018年に出展を再開した。

東京パック

「マジックトップ」

「マジックトップ」は、食品充填後の殺菌工程や物流段階ではフタのはがれがなく密封性を確保し、容器を開封するときには容易に開けられるという機能を持つ熱成形容器である。
「マジックトップ」は、「マルチレイ」の改良開発の中で発明された。レトルト殺菌の後にPE表面層と下のPP層の間の剥離強度が低下することを発見、開発の引き金となった。
約1年間の開発期間を経て開発されたこの容器は、「TOKYO PACK1986」で展示され、同年12月に正式上市された。その後10社近くの国内熱成形容器メーカーにライセンスされ、現在でも広く開けやすいユニバーサルデザインの食品容器として好評を博している。
またこの技術は、国内のほか、米国、欧州、豪州、韓国にもライセンスされた。

マジックトップ

「ストラテック」

千葉工場の「ユニラックス」に次ぐ2番目の商品として導入したのが、西ドイツ・ライフェンホイザー社のライコフィル技術を用いたスパンボンド法によるPP不織布「ストラテック」であった。1987年には、PPスパンボンドを用いた使い捨て紙オムツの製造も開始し、一般小売用「マイパーミー」と石化販売店向け「メルファー」の名称で販売を行った。1990年以前に紙おむつの製造は中止したが、当社における不織布技術の先駆けとなる製品であった。

ストラテックを用いた包装資材

「メディペール」

1980年代、注射針などの医療廃棄物は段ボールにポリ袋を敷いた容器に詰めて廃棄されるのが一般的で、廃棄物処理作業員の医療感染事故の危険性をはらんでいた。このため、安全性の高い医療廃棄物容器を求める声が高まり、1990年に再開封できない医療廃棄物容器「メディペール」を開発した。この容器は、日本産業廃棄物処理振興センターから優良感染性廃棄物容器としての認定を受けるとともに、1991年にグッドデザイン賞を受賞した。

メディペール

ジッパー(チャック)付フトン圧縮袋

1980年代後半、マンションなど集合住宅の狭い収納スペースを有効活用するため、多層フィルムの袋に布団を入れ、掃除機で圧縮し、密封することにより減容化させるフトン圧縮袋が発売された。
その密封方法はアイロンの熱によってヒートシールを行ったり、プラスチック製の棒と受け具を用いて封止するのが一般的であったが、家庭での作業は繁雑であり、失敗も多かった。
その繁雑さを解消し、一定期間減容化を保持することを目的に、「プラロック」の高密封グレードが開発された。ラミネートフィルムに「プラロック」を使用して発売されたジッパー(チャック)付フトン圧縮袋は、またたく間に人気商品となった。特にテレビショッピングでブームとなり、同衣類圧縮袋など派生製品も生んだが、海外メーカーを含めた多くのメーカーがこの市場に参入して過当競争となり、2007年度末にジッパーテープの販売のみ残し、製袋事業から撤退した。

フトン圧縮袋

「スーパーピュアレイ」「ピュアサーモ」

溶融シートを直接、水によって冷却・固化させ、加熱ロールで熱処理することにより、一般的なロール冷却では得られない透明性と表面光沢を有するPPシートとして開発された「ピュアレイ」の「結晶コントロール」技術をベースに、ベルトを使用して熱処理と冷却を行う「ベルトプロセス」を特徴とする次の2製品が開発された。
水冷技術とステンレスベルトによる鏡面艶付け加工により製造される、折箱用高透明PPシート「スーパーピュアレイ」(写真左)ステンレスベルトで直接溶融シートを冷却して製造される、熱成形用高透明PPシート「ピュアサーモ」(写真右)である。
またこの「ベルトプロセス」技術は、独企業にライセンスされるとともに、国内では2000年「第11回青木固技術賞」、米国では2011年「The2011 James L. White Innovation Award」を受賞した。

  • スーパーピュアレイ
  • ピュアサーモ

出光パッケージング会

「出光パッケージング会」は1995年から毎年開催され、2020年1月で第25回を迎えた。各界の著名人を講師に迎えビジネスに役立つ講演をしていただくスタイルは変わっていないが、当初は、包装業界のトレンドや法令の解説、当社の新商品紹介といった「勉強会」的色彩が強かった。2003年以降「新春出光パッケージング会」として、お取引各社様の経営層に当社をご理解いただく場として開催している。
また第1回から第13回(2008年)までは、東京、名古屋、大阪の3か所開催、以降は東京開催としている。

パッケージング会

「RS缶」

「RS缶」は、大手インキメーカーから「インキを使用した後もリサイクル・リユースできる容器が開発できないか」という要請によって開発された。約2年間の検討の結果、インキの使用後、容器を洗浄した上でリサイクル業者がプラスチック原料に再生し、再び容器に成形するという完結型のリサイクルシステムとして販売が開始された。

RS缶

出光ユニテック株式会社設立

出光石化の樹脂加工製品事業は、同社が製品開発を行い、特許実施権や製造設備をユニ化工などの製造会社に供与し、製造会社で生産された製品を販売するという体制であった。
しかし、バブル崩壊後の景気後退によって、より一層の経営の効率化とスピードアップが求められた。そうしたことから
(1)樹脂加工製品事業に特化・専念した自主独立経営
(2)開発・製造・販売を一体化した機動力の発揮
(3)製品開発のスピードアップ
を目指し、出光石化加工製品部とユニ化工を統合することにより、出光ユニテックが誕生した。新社名は、両社の頭文字である「出光」と「ユニ」を統合し、技術(テクノロジー)に立脚した事業を推進する意味を込めて「テック」が付けられた。
以降、”選択と集中、統合”を掲げ、事業の見直しとグループ会社の統合を進めていった。

ロゴ

青木固技術賞・James L. White Innovation Award

「青木固技術賞」(写真左)主催:プラスチック成形加工学会
射出成形機、延伸ブロー成形機など、多くのプラスチック成形機械の発明と開発に世界的な業績を残された、故青木固氏を讃え1990年創設。プラスチック成形加工技術において創造的業績をあげた研究者・技術者に対して、その精進と努力に報い将来の発展を期待するものとして贈られる。
「James L. White Innovation Award」(写真右) 主催:米国Polymer Processing Society(PPS)Polymer Processing Society(PPS)の創設者であるアクロン大学の故ホワイト教授の業績を讃え2011年創設。プラスチック成形加工の分野で革新的な技術開発をなした個人あるいはグループに贈られる。

  • 青木固賞
  • ホワイト賞

関係会社統合

2000年当社設立以降、”選択と集中、統合”を掲げ、次の関係会社の統合を進めた。

2004年 光化学工業(株)
インフレーションフィルム製造 ⇒千葉工場製造三課
2006年 出光プラスチック(株)
一般包材、ラミネートフィルム、物流資材の委託製造販売
2009年 太洋化成(株)
PSシート製造(国内企業譲渡後)⇒機能部材工場(現:三重工場)
2009年 プラロック(株)
ジッパーテープ製造 ⇒静岡工場

「ユニプラス」

液晶テレビが急速な普及・拡大を続けていた2006年、国内大手液晶テレビメーカーの工場が立地する三重県亀山市にある太洋化成は、PSシート製造で培ったノウハウを液晶テレビに用いる反射板・拡散板の製造に生かせるという新規事業参入への条件を備えていた。
このため、同所に出光ユニテックの機能部材工場を建設し、2007年7月には液晶拡散板「ユニプラス」製造装置が設置された。新規部材開発に向けた研究開発がスタートしたが、頻繁なモデルチェンジに加えてメーカー間での競合が激化し、安定した生産・販売を継続することができなかった。
また2008年にはリーマンショックが発生し、世界的不況の中で日本の家電業界全体が業績不振に陥ったことにより、2012年同事業から撤退した。

ユニプラス

「ユニタックレイ」

2008年4月、液晶ディスプレイプリズムシート用プロテクトフィルム「ユニタックレイ」の事業化を決定した。当時プロテクトフィルムは各種基材に粘接着材コーティングしたものが主流であったが、PP基材層に粘接着樹脂を共押出することにより、オールポリオレフィン化とコストダウンを可能とした。
液晶ディスプレイの世代交代にあわせた改良・開発が難しくなったことにより、2015年同事業から撤退した。

ユニタックレイ

K&Iフィルム(株)

二軸延伸ナイロンフィルム(ONy)は、1968年国内パイオニア企業が生産開始して以降、出光石化を含む国内5社が独自生産技術によりONyを開発、市場を牽引していった。
2000年以降も国内需要は、詰め替え容器やLiBなど産業分野の拡大もあり底堅く、海外需要は中間層の生活水準の向上を受け、アジアを中心に急拡大していた。
一方ONyの供給に関しては、足元の需給均衡から、将来的に供給不足に向かうと考えられた。そうしたことから、当社、(株)興人夫々に能力増強を検討していたが、生産能力増強の考えが一致しチューブラー同時二軸延伸法によるONy製造会社を設立した。
※ONyの製造技術は大別して「テンター同時二軸延伸法」「テンター逐次二軸延伸法」「チューブラー同時二軸延伸法」があり、当社および(株)興人は夫々にチューブラー同時二軸法による独自生産技術を有している。

チューブラー法

PAT

国内ジッパーテープ需要は、コンビニの拡大やロックアイスや小麦粉など従来ジッパーが付いていない商品にも展開されることによって拡大してきた。しかし近年は、国内人口の減少、高齢化等により、その伸長は若干減少傾向にある。一方で海外需要は、中間層の生活水準の向上を受けアジアを中心に急拡大しており、また米国においてもその利便性から堅調に需要が拡大している。
当社の「プラロック」は、当時国内販売に加え、ポケットジップなどの機能品による輸出が拡大していた。そこで旺盛な海外需要を取り込み、アジア市況に対応する競争力を確保するために、タイ国チョンブリ県にPlaloc Asia (Thailand) Co.,Ltd.(以下PAT)を設立した。
PATは2019年現在、当社のグローバル生産拠点として世界30ヵ国に「プラロック」を輸出している。

プラロックアジア

加飾シート

自動車や自動二輪車、家電など多くの分野で低比重や耐薬品性を特徴とするPP樹脂が利用され、塗装やメッキ、ステッカー貼付などで加飾されている。
当社は、ユーザーからCO2やVOCなど環境負荷物質の排出量低減、リサイクル性向上、意匠性向上、更なるコストダウンなどの要望を受け、高透明PP加飾シートを開発した。
独自の結晶化コントロール技術と共押出多層技術、表面加工技術により、高透明、良成形性、易接着、高硬度を実現。品質と意匠性の高さから自動二輪車の外装に採用された。

加飾

静岡工場を閉鎖

静岡工場/静岡県裾野市は、1991年プラロック㈱設立以降ジッパーテープの製造を続けていたが工場建屋や設備の老朽化が進んでいた。新東名高速の建設に加え、2014年その敷地が土砂災害警戒区域に指定された事により、工場建屋の増改築が難しくなった。
「プラロック」事業の将来的発展を考え、同工場を閉鎖し、すでに西日本の拠点として「プラロック」の生産を行っていた三重工場に統合した。

静岡工場

CLOMA

経産省が主導し159社・団体(平成31年1月11日時点)の賛同を得、2019年に設立された。
以下、クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンスHPから

設立趣旨
地球規模の新たな課題である海洋プラスチックごみ問題の解決に向けた取組を世界全体で推進することが求められています。
海洋プラスチックごみを削減するためには、ポイ捨て防止の徹底をはじめとする廃棄物の適正管理に加え、プラスチック製品の3Rの取組のより一層の強化や、生分解性に優れたプラスチック、紙等の代替素材の開発と普及の促進など、喫緊の対応が求められています。
上記背景を踏まえ、業種を超えた幅広い関係者の連携を強めイノベーションを加速するためのプラットフォームとして、「クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス」(英 文名:Japan Clean Ocean Material Alliance、略称「CLOMA」)が設立されました。

当社は、プラスチック包装資材メーカーとして、これまで培ってきた技術を活かし、お客さまとともに「クリーン・オーシャン」の実現に向けた取り組みを進めてまいります。

CLOMA

ポケットジップ

従来のジッパー袋は、袋の表裏にそれぞれジッパーの凸凹を融着させ、製袋していた。「ポケットジップ」は袋の片側だけにジッパーを融着させ、ジッパー部分と同時成形されたオープンテープにより開封する機構としている。これにより、簡易充填が可能となると同時に、ジッパー上のヘッドスペース削減による省資源化、全面印刷が袋片側に可能となり、高い意匠性を有するジッパー袋が製造可能とした。

ポケットジップ

健康優良企業 金

企業における健康経営への取り組み状況を運営主体の東京都・全国健康保険協会・健康保険組合連合会が設定した基準に沿って評価し、一定の水準を超えた企業が認定されるもので、①健診、②安全衛生、③メンタルヘルス、④過重労働防止、⑤感染症対策、⑥健康経営の6区分での取り組みが総合的に評価される。
当社は、多岐の評価項目で高評価を受けたが、特に「時間単位年休・通院休暇による治療と仕事の両立支援」、「継続して80%を超える有給休暇消化率」、「ワクチン補助による感染症予防と特休付与による蔓延防止」の3項目について稀に見る充実度合であると評価され、認定に繋がった。

健康優良企業 金
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