失敗は授業料

人間なら誰だってあやまちがある。ぼくがあやまちをやってもとがめられず、社員がやるととがめられる、ていう法はないと思う。

それだから人間らしいあやまちはとがめない。

ただ、そこで忘れてはならないのは、あとで自己を反省する心のあり方だ、反省する心の積み重ねがあって、はじめて失敗は尊い経験となって生きてくる。

したがって、失敗はその人にとって尊い授業料となりうる。そこに進歩がある。

ページトップへ遷移